Little AngelPretty devil 
       〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

       “暑さ寒さも”
 



今期は殊更に雪も冷え込みようもきびしかったような冬も
さすがにそろそろ出立の頃合いか。
ぽかぽか陽気の日も増えて、
顔を上げれば空の色も少しは濃くなり、
梢の先に堅く丸まっていた蕾たちも膨らみつつある。
地べたを覆う枯れた下生えにも徐々に緑が増えており、
時分の木の芽がないかと裏山まで摘みに出た書生くんが、
やわらかい新芽を数えつつ、ふふと笑って、

 「春が近いんだよ。」
 「はゆ?」
 「はゆっ。」

小さいお兄さんの足元廻りへちょろちょろと
まとわり付いてた子ギツネ坊やたちが、
そっくりなお顔を上げてわくわくと尋ねかけるのへ、

「そうだよ。
 暦の上でだけじゃあなくの、ホントの春がすぐそこなんだ。」

今と昔じゃあ暦の数え方が違うという話は此処でも千度と持ち出しましたが、
現代のに比して2カ月ほどずれ込むそれにしたって
季節の節目は実生活上からはやや速めに数え始める。
農耕作業の目安にする分には、それで不都合はなかったようだが、
着物や小物や生活の習わし、所謂“風俗”の切り替えもそれへ合わせたものだから、
時代が下がって世が平らかに落ち着く江戸辺りの頃合いになると、
京が都で様々な文化やしきたりも関西中心に展開していたのとは事情が違うにもかかわらず、
東の都でも全く同じにするのはさぞや微妙だったろに。
暦の上ではともかく実際はまだ寒かろうと、春になったら綿入れは仕舞う、
夏になったら足袋は穿かないのが “粋”というおしゃれだったそうで。

「ホント?」
「うそんこの はゆもあんの?」

わあ、そう来るかぁと、
キョトンとしているおちびさんたちに一本取られたお兄さんが苦笑をし、
そちらもまだまだ幼いお顔をほころばせる。
冷たい雨風や、平地にまで降りてきた豪雪のせいで
ついつい屋敷に籠りがちだった冬だったけれど、
お務めでなくとも ちょっと脚を伸ばしてみようかなんて思うくらい、
お外で過ごしやすくなってきており、

「せぇな、こっち。」
「こっちよ♪」

寒いうちだって雪を掻き分けてお出掛けしていた腕白さんたちには、
ますますのこと足元が軽快に撥ねてしまうものか。
街道と呼ぶには細いが畦道ではなかろう小道、先へ先へと立った痒く弟分らに急かされて
それでも早々と顔を出してた木の芽を摘みつつ歩んでおれば、

 「ほれ。」
 「わぁっ。」

いきなり鼻先へ突き出された緋色の枝に、
思わずのこと ひゃあっと奇声を上げて飛び上がる。
近すぎて焦点が合わなくて、薄紅色の塊としか見えなんだそれだったが、

「…梅、ですか?」
「おう。」

こういう悪戯といやあ、例の蛇神様かと思いきや、
髪やお肌に張りが足りなくなった、

「おととさまvv」
「おととしゃまだっ。」

「…お久し振りです、葉柱さん。」

気のせいではなくの、目の下に隈もありそな消耗ぶりが痛々しい、
それでも頼もしい体躯の背条がしゃんと伸びてはいる蜥蜴の総帥様が、
花見客の酔態よろしく、結構見事な花つきの梅の枝を手に立っており。

「あ、そういやお師匠様から内偵をと…。」
「ああ。陰の気まるけな場所だったんでな。
 俺が行くのが手っ取り早かったんじゃああるが。」

まだ木の芽時には早いのに、行方知れずとなる若いのが続出し、
良からぬ妖かしの気配が嗅げたことから
蛭魔預かりの探索が極秘に命じられ、
面倒なと苦虫噛み潰したよな顔になった陰陽師殿だったが、

『奴が面倒なと嫌がってたのは、
 単純な妖かしの仕業じゃあなく人間の思惑がらみな事態だったからでな。』

本物の妖の恐ろしさを知らぬまま
惚れた相手をものにするとかどうとか適当な術だけ教わってやってみた手合いが
次々引き込まれておった先が、本物の邪妖の巣。

 『しかも、そうなるようにとお膳立てしてやがったのが、某八木山の大臣の一門でな。』
 『…お師匠様、某の意味ないです、それ、』

今帝の遠縁だってのを笠に来てやりたい放題していたものが、
東宮に昨年の紅葉の宴でさりげなくも恥をかかされたとか。
そうともなれば、ああ次代への見越しはないも同然だと思われたのだろ、
周囲からも取り巻きだった人垣が去り、
そんな冷遇への憤懣から、
跡取りで利かん気な青二才が詰まらん咒に手を出して、
元の取り巻き連中を次々引っ掛けたって流れだったらしくて。

 『そうまでの被害を出してる咒である以上、
  満願かなった暁には、仕掛けた当人もその周囲も生気を根こそぎ持ってかれるやもしれぬ。』
 『そんなぁ。』

それを免れたとしても、既にここまでの調べがついてる事態だ。
裁きは非公式にされたとて、
お家が封鎖されの、宮廷からも断絶と運ぶのは避けられまい。
そうともなりゃあ、噂は勝手に都を巡ろうから、
巻き添え食うた者の家人からこそりと刺客が放たれるやもしれぬ。

『所詮はその程度の器だったのだ、
 泣かされた者も多数いたというし、因果応報ということで滅ぶまま放っておけと思ったけれど。』

心無い者ばかりでもないのに、一門がもろとも滅ぶのは哀れと
帝がこっそり“何とかしてやってはくれぬか”と文を下さった以上、
動かぬわけにもいくまいよと、年寄り孝行の一環だとの憎まれ吐きつつ
腰を上げた若き神祇官補佐殿だったそうで。

「攫われた格好になっている面々を邪妖の巣から解き放ち、
 ついでに記憶も操作して、大元の青二才の跡取りも取り込まれていたこととしたのだよ。」

それへ結構手古摺ったらしく、
蛭魔の念を忍び込ませるための楔、式の依り代である人がたの紙を貼って廻りの、
体力よりも気力を使いまくった仕事だったそうで。
それでと疲労困憊したまま戻ってきた葉柱なんだなと察したセナくん、
小さな子ギツネさんたちが“おとと様、おひしゃしぶりvv”と懐く頭上で

「早く戻った方がいいですよ?
 お師匠様、昨夜は一睡もなさって無いようですし。」

そうとこっそり耳打ちして囁いた。

「ぼくら、八つ当たりが怖くて出て来たようなもんですし。」
「………そうか。」 

お務め頑張った葉柱も、なんて悪くはないのだけれど、
そういう仕儀を命じたご本人様が、
独りにしやがってと怒ってらっしゃる、怖や可愛さよ。
ではなと会釈し、土産の梅を手に館へ戻る大きな背を見送って、
さて、お干時にはご機嫌も直っていようと、安堵する書生くんだったが、

 「せぇな、あぎょんトコいこうvv」
 「あぎょんvv」

 「え〜〜、それはちょっと…。」

今度こそは蛇神様のところへ行こうとちびさんたちがねだり出す。
啓蟄は過ぎてるけど大丈夫かな、
冬もお見かけしたから冬ごもりはなさってないとは思うけど。
陰陽師の端くれとしては、
妖かしの縄張りとか結構繊細なしきたりを踏み散らかしていいものか、
ちょっと迷っただけは成長したらしいセナくんだったが、
すぐにもその当事者が、向こうから迎えに来ようとは、
さすがに想定してなかった春隣りの朝だった。





  
     〜Fine〜  18.03.21


 *朝のお散歩風景を一席。
  先週の暖かさはどこ行ったやら、
  昨日は箱根では雪が積もったらしいですね。
  相変わらずだな、日本の気候の乱高下。

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv 

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